がんワクチンはどこまで来たか mRNA型と自家がんワクチンの使い方の違い

この記事で分かること

  • 2026年8月に報告された「mRNAがんワクチン」の第3相試験は、皮膚のがん(メラノーマ)を対象としたもので、日本では承認されていません
  • mRNA型と自家がんワクチン(AFTV)は、同じ「その人のがんから作る」という考え方でも、材料・作り方・投与のタイミングが大きく異なります
  • 脳腫瘍(膠芽腫)では、自家がんワクチンが「手術で全部取りきれた方」に対象を絞った第III相試験の段階にあります
  • 再発した膠芽腫を対象とした「個別化ペプチドワクチン」の第III相試験では、プラセボとの差は示されませんでした。名前が同じ「がんワクチン」でも、結果は種類ごとに分けて読む必要があります
  • 自家がんワクチンには手術で摘出した組織が必要なため、手術前後の標本の扱いが分かれ道になります

ご家族が脳腫瘍と診断された方から、こんなご相談をいただくことがあります。「ニュースで、がんのワクチンが効いたと見ました。うちの父にも使えるのでしょうか」。

2026年8月19日、製薬企業2社が「mRNAを使った個別化がんワクチン」の第3相試験で目標を達成したと公表しました。がんの治療に新しい選択肢が加わるかもしれない、大きな一歩です。ただ、その対象は皮膚のがんであるメラノーマであり、脳腫瘍ではありません。ここを混同したまま期待だけが大きくなると、かえって判断を誤ってしまいます。

この記事では、今回の報告が何を意味するのかを整理したうえで、当院が取り扱っている自家がんワクチン療法(AFTV)と「どう違うのか」を、効果の優劣ではなく使い方(適応の考え方・材料・タイミング)の観点から並べて説明します。ご自身やご家族の状況に当てはまるかどうかを、落ち着いて考えるための材料としてお読みください。

本記事は、研究報告と公的な試験登録情報に基づく一般的な医療情報です。特定の治療の効果を保証したり、標準治療に代わるものとして推奨したりするものではありません。


目次


脳腫瘍やがんの治療について、どこに相談すればよいか迷っている方はご相談ください。

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1. メラノーマで報告されたmRNAワクチン

今回話題になったのは、Merck社とModerna社が2026年8月19日に公表した「INTerpath-001」という国際共同の第3相試験の結果です(Merck & Moderna 2026)。

対象となったのは、手術で完全に取りきったステージIIB〜IVのメラノーマ(皮膚のがんの一種)の患者さん1,137人です。個別化ネオアンチゲン療法と呼ばれる開発中のmRNA製剤(一般名:intismeran autogene)と、免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブを併用する群と、ペムブロリズマブだけを使う群に2対1で分けて比較されました。

あらかじめ定めた中間解析の時点で、主要評価項目である無再発生存期間(再発せずに過ごせた期間)と、副次評価項目である遠隔転移のない生存期間(他の臓器への転移が起きずに過ごせた期間)について、目標を達成したと報告されています。安全性についても、これまでの報告と大きく異なる問題は認められなかったとされています。

読み方の注意点

この公表は「トップライン」と呼ばれる速報で、具体的な数値(どの程度差がついたか)はまだ公開されていません。詳細は今後の学会発表を待つ段階です。また、両社は各国の規制当局と申請について協議に入るとしており、承認の可否や時期が決まったわけではありません。日本国内では承認されておらず、現時点で受けられる治療ではない点にご注意ください。

この報告が節目とされているのは、一人ひとりのがんに合わせて設計する「個別化ネオアンチゲン療法」と、mRNAを用いたがん治療の両方にとって、初めて第3相試験で目標を達成した例だからです。



2. 個別化がん免疫療法という考え方

がんは、細胞の遺伝子に変化(変異)が積み重なって生まれます。その結果、がん細胞の表面には、正常な細胞にはない目印のようなたんぱく質ができます。これをネオアンチゲンと呼びます。

ネオアンチゲンは、患者さん一人ひとりで異なります。同じ「膠芽腫」という診断名でも、目印の顔ぶれは人によって違うのです。だからこそ、「その人のがんから、その人のためのワクチンを作る」という発想が生まれました。免疫にその目印を覚えてもらい、手術で取りきれなかったわずかな細胞を攻撃してもらうことを狙う考え方です。


目印を「教える」方法には種類がある

同じ発想でも、免疫に目印を教える手段はいくつかに分かれます。遺伝子の解析結果から目印の設計図をmRNAとして合成して投与する方法、DNAやペプチド(たんぱく質の断片)を用いる方法、そして、患者さん自身の腫瘍組織そのものを加工して用いる方法です。当院が取り扱っている自家がんワクチン療法は、最後の「組織そのものを使う」タイプにあたります。

どの方法にも、得意な場面と、実施にあたっての条件があります。次章では、その条件の違いを具体的に並べてみます。


脳腫瘍の治療方針について、ご家族だけで抱え込まずにご相談ください。

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3. 2つのワクチンの使い方の違い

mRNA型(intismeran autogene)と自家がんワクチン(AFTV)を、効果ではなく「どう使う治療か」という観点で並べると、次のようになります。

項目 mRNA型(intismeran autogene) 自家がんワクチン(AFTV)
何から作るか 腫瘍と正常細胞の遺伝子を解析し、見つかった変異の情報からmRNAを設計・合成する 手術で摘出した腫瘍組織そのものを加工する
必要な検体 遺伝子解析に耐える腫瘍検体と血液 ホルマリンで固定しパラフィンに包んだ病理標本を材料にできる。製造元は腫瘍組織が最低1.5g以上(できれば約2g)必要としている
過去の手術の組織 解析に適した状態で保存されている必要がある 過去の手術で作られた病理標本を利用できる場合がある
投与のしかた 3週ごとに最大9回、筋肉内注射で投与し、ペムブロリズマブ(点滴)と併用する 皮内注射で、3回の接種を1コースとする。入院は不要で外来通院
使うタイミング 完全に切除した後の再発予防(術後補助療法) 手術後、放射線とテモゾロミドの併用療法を終えた休薬期から維持療法期にかけて(Ishikawa et al. 2014)
対象のがん メラノーマで第3相の報告。肺・膀胱・腎・膵臓・胃などでも試験が進行中で、脳腫瘍は含まれていない 膠芽腫を含む複数のがん種で用いられている
日本での位置づけ 国内未承認。第3相の結果が公表され、当局と申請を協議する段階 国内未承認。膠芽腫では医師主導の第III相試験が進行中。当院では自由診療として取り扱い

並べてみると、両者の分かれ目は「材料に何を必要とするか」と「いつ使う設計か」に集約されます。とくに自家がんワクチンは、手術で摘出した組織が手元にあるかどうかが出発点になります。これは治療の良し悪しではなく、準備の順番の問題です。



4. 膠芽腫ではどこまで来ているか

では、脳腫瘍のなかでも治療が難しい膠芽腫では、個別化免疫療法はどの段階にあるのでしょうか。


mRNA・DNA型は第1相の段階

今回報告されたmRNA製剤の開発プログラムには、脳腫瘍を対象とした試験は含まれていません。膠芽腫を対象とした個別化ワクチンは、別の研究グループが取り組んでおり、たとえばMGMT非メチル化(テモゾロミドが効きにくいとされるタイプ)の膠芽腫に対する個別化ネオアンチゲンDNAワクチンの第1相試験が2026年に報告されています(Garfinkle et al. 2026)。再発・進行した高悪性度神経膠腫を対象としたmRNAワクチンの第1相試験も、2025年12月に開始されたところです(ClinicalTrials.gov 2025)。

第1相は、主に安全性と、投与できる量や免疫の反応を確かめる段階です。効果が確かめられた段階ではありません。「メラノーマで達成された」という話を、そのまま脳腫瘍に当てはめることはできない、というのが正確な現在地です。


ペプチドワクチンは第III相で差が出なかった

2章で触れた「ペプチド(たんぱく質の断片)を使う方法」は、膠芽腫ではすでに第III相試験まで進み、結果が出ています。日本の脳神経外科20施設が参加した、再発膠芽腫に対する「個別化ペプチドワクチン」の二重盲検・プラセボ対照試験です(Narita et al. 2019)。

この試験では、あらかじめ用意した12種類のペプチドの中から、患者さんの血液検査(それぞれのペプチドに対する抗体の量)をもとに4種類を選び、週1回、12週にわたって皮下に注射しました。対象は、放射線治療とテモゾロミドによる標準治療のあとに再発した方で、白血球の型(HLA)が「A24」という特定の型を持つ方に限られていました。88人がワクチン群58人とプラセボ(有効成分を含まない注射)群30人に、2対1で割り付けられています。

項目 ワクチン群(58人) プラセボ群(30人)
生存期間の中央値 8.4か月 8.0か月
統計的な差 なし(ハザード比 1.13、p=0.621)
試験の結論 主要評価項目(全生存期間)・副次評価項目のいずれも達成せず

研究チームは、条件別に分けた追加の解析で、特定のペプチドが選ばれなかった70歳未満の方などでは差がみられたと報告しています。ただし、これは試験全体の結論を変えるものではなく、より大きな試験で確かめる必要がある「手がかり」の段階です。

この結果から言えること

  • 「がんワクチン」という同じ名前でも、材料・作り方・対象(初めての治療か、再発後か)が違えば、結果は別々に評価する必要があります。
  • この試験はペプチドワクチンの結果であり、自家がんワクチンの効果を示すものでも、否定するものでもありません。
  • 「第III相まで進んだ」ことと「効果が確かめられた」ことは別です。どの段階の試験で、どんな結果が出たかを確かめることが大切です。

自家がんワクチンは対象を絞って検証中

一方、日本で開発が進んできた自家がんワクチンは、膠芽腫を対象に段階を踏んで検証されてきました。放射線とテモゾロミド(内服の抗がん剤)を組み合わせる第I/IIa相試験(Ishikawa et al. 2014)に続き、多施設の二重盲検・プラセボ対照の第IIb相試験が行われています(Muragaki et al. 2023)。

この第IIb相試験では、参加者全体では投与群とプラセボ群のあいだに明確な差は示されませんでした。一方で、画像上で腫瘍を全部取りきれた方のグループでは差の傾向がみられたことから、「手術で全摘できた方」に対象を絞った第III相試験が設計され、2021年1月から患者さんの登録が始まっています(Muragaki et al. 2025)。112人を1対1に割り付け、標準的な化学放射線療法に上乗せする形で検証が続いています。

「対象を絞る」とはどういうことか

効かない治療だから縮小した、という意味ではありません。ワクチンは、体内に残るがん細胞が少ない状況ほど免疫が働きやすいと考えられています。全体では見えにくかった変化が、条件のそろったグループで見えるかどうかを確かめる——そのために対象を明確にした、という位置づけです。結論は試験の結果を待つ必要があります。



5. 手術の前に知っておきたいこと

ここまでの内容を、患者さんとご家族の立場に置き換えると、実務的なポイントは次の3つに整理できます。


① 土台はあくまで標準治療

膠芽腫の治療は、可能な範囲で腫瘍を摘出する手術、放射線治療、テモゾロミドによる薬物療法を組み合わせた治療が基本です。ワクチンはこの土台に上乗せする形で検討されるものであり、標準治療の代わりになるものではありません。


② 摘出した組織の行方が分かれ道になる

自家がんワクチンは、摘出した腫瘍組織を材料にします。ホルマリンで固定してパラフィンに包んだ病理標本を使えるため、過去の手術の標本が役立つ場合があります。逆に、組織が確保できない場合は検討そのものができません。

手術を受ける前であれば、担当の先生に「標本はどのくらい保存されますか」と確認しておくと、後の選択肢が広がります。すでに手術を終えている場合は、手術を受けた医療機関に標本の貸し出しを依頼する形になります。


③ 情報の「対象」を確かめる習慣を

がん免疫療法のニュースは、対象となるがんの種類・病期・治療段階が細かく決まっています。見出しだけでは、その情報がご自身に当てはまるかどうかは分かりません。「どのがんか」「手術後か再発後か」「どの国の話か」の3点を確認するだけでも、判断の精度は大きく上がります。判断に迷うときは、担当医や脳神経外科の専門医にお尋ねください。

当院で取り扱う自家がんワクチン療法について(自由診療・未承認医薬品)

  • 公的医療保険が適用されない自由診療(全額自己負担)です。標準的な費用と治療の流れは、当院の自家がんワクチンのページに記載しています。
  • 医薬品医療機器等法に基づく承認を受けていない未承認医薬品です。同じ治療法として国内で承認された医薬品はなく、諸外国で承認されているという情報も確認されていません。
  • ワクチンの製造・開発はセルメディシン株式会社が行っており、当院は同社に製造を依頼する形で提供しています。
  • 未承認医薬品であるため、健康被害が生じた場合に医薬品副作用被害救済制度の対象とはなりません。
  • 主な副作用として、注射した部位の赤み・腫れ・硬結、まれに軽度の発熱が報告されています。今後、新たな副作用が明らかになる可能性は否定できません。活動性の自己免疫疾患をお持ちの方は原則として対象外です。

自家がんワクチン療法のページ(費用・流れ・適応の詳細)はこちら


組織が使えるかどうかも含めて、まずは状況を整理するところからご相談いただけます。

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6. よくある質問

Q. メラノーマでの結果は、脳腫瘍にも当てはまりますか。

がんの種類が変われば、免疫の反応も、治療の組み立ても変わります。ある種類のがんで得られた結果を、そのまま別の種類に当てはめることはできません。膠芽腫を対象としたmRNA・DNAワクチンの臨床試験は、まだ第1相の段階にあります。

Q. ペプチドワクチンと自家がんワクチンは同じものですか。

違います。ペプチドワクチンは、あらかじめ合成したたんぱく質の断片を注射するものです。自家がんワクチンは、手術で摘出した患者さんご自身の腫瘍組織を加工して作ります。材料も、使う時期として想定されている段階も異なるため、一方の試験結果をもう一方に当てはめることはできません。

Q. mRNAがんワクチンは日本で受けられますか。

2026年8月時点で国内では承認されていません。今後、開発企業が各国の規制当局と申請について協議する段階と公表されています。参加できる臨床試験があるかどうかは、担当医や国立がん研究センターのがん情報サービスなど、公的な情報源でご確認ください。

Q. 何年も前の手術の標本でも使えますか。

自家がんワクチンは、ホルマリンで固定してパラフィンに包んだ病理標本を材料にできるため、過去の手術で作られた標本を利用できる場合があります。ただし必要な量の目安があり、保存の状況によっても異なります。手術を受けた医療機関に、標本が残っているかを確認するところから始めます。

Q. どのような方が対象になりますか。

腫瘍組織が確保できること、活動性の自己免疫疾患がないこと、全身の状態が保たれていることなどが前提となります。妊娠中・授乳中の方は対象外です。最終的な適応は、画像・病理・治療の経過をもとに医師が判断します。

Q. 標準治療の代わりになりますか。

なりません。手術・放射線治療・薬物療法という土台があってこそ検討される位置づけです。標準治療を中断してワクチンに切り替えるという考え方は取りません。



7. まとめ

  1. 2026年8月に報告されたmRNAがんワクチンの第3相試験は、完全切除後のメラノーマが対象で、数値の詳細は今後の学会発表を待つ段階です。国内では承認されていません。
  2. mRNA型と自家がんワクチンは「その人のがんから作る」点で同じ発想ですが、材料・必要な検体・投与の回数とタイミングが異なります。
  3. 膠芽腫では、mRNAやDNAを用いたワクチンは第1相、自家がんワクチンは全摘できた方を対象とした第III相試験の段階にあります。再発膠芽腫に対するペプチドワクチンは、第III相試験で有効性を示せませんでした。
  4. 自家がんワクチンは摘出した組織が出発点になるため、手術前後の標本の扱いを確認しておくことが、後の選択肢につながります。

脳腫瘍の診断を受けた直後は、次々に出てくる言葉を整理するだけでも大変な時期だと思います。どの情報がご自身に関係するのか、いま何を確認しておくべきか。その交通整理からで構いませんので、遠慮なくご相談ください。



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脳腫瘍の治療方針や、自家がんワクチン療法の適応についてお悩みの方は、お気軽にご相談ください。ご予約は、下記から可能です。

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重要:本記事の位置づけ(医療情報として)

  • 本記事は、研究報告や公的資料に基づく「一般的な医療情報」です。
  • 特定の治療を推奨・保証するものではありません。効果や副作用には個人差があります。
  • 実際の治療は、症状・既往歴・併用薬などを踏まえて医師が判断します。
この記事を書いた先生のプロフィール
いわた脳神経外科クリニック 院長 岩田 亮一
医師・医学博士/日本脳神経外科学会認定 脳神経外科専門医/日本脳神経血管内治療学会認定 脳血管内治療専門医/日本頭痛学会認定 頭痛専門医
(日本脳卒中学会・日本認知症学会 所属)

脳外科医として関西医大で14年間勤務。大学時代は、脳腫瘍や脳卒中の手術治療や研究を精力的に行ってきました。
脳血管内治療(カテーテル治療)の専門医でもあり、くも膜下出血や脳動脈解離など「危険な頭痛」の鑑別・初期対応にも力を入れています。
即日MRI診断で手遅れになる前にスムーズな病診連携を行っています。MRIで異常がない頭痛であっても、ただの頭痛ではなく脳の病気であり治療が必要です。メタ認知で治す頭痛治療をモットーに頭痛からの卒業を目指しています。
院長の私自身も頭痛と付き合ってきました。だからこそ、毎日頭痛外来で100人以上の頭痛患者さんの診療を行っています。我慢しないでその頭痛一緒に治療しましょう。

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参考文献

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