TP53変異のある膠芽腫でLAG3が高い 自家がんワクチン研究の論文

この記事で分かること

  • 2026年9月、筑波大学とセルメディシン株式会社の研究グループが、膠芽腫などの悪性脳腫瘍に関する論文を発表しました
  • TP53という遺伝子に変異がある腫瘍では、免疫の働きにブレーキをかける「LAG3」が選択的に高いことが示されました
  • この研究は、自家がんワクチンの臨床研究で見えた「p53による違い」の背景を探るために行われました
  • 公開データを使った解析であり、ワクチンの効果を確かめた研究ではありません
  • 当院院長が以前に報告した、膠芽腫で免疫を抑える方向に働く「ICOSLG」の研究もあわせて紹介します

膠芽腫と診断された方やご家族から、「自家がんワクチンは、どんな人に向いているのでしょうか」というご質問をいただくことがあります。とても大切な問いですが、現時点で明確な答えが出ているわけではありません。

その答えに近づくための研究の一つが、2026年9月に神経腫瘍学の国際誌『Neuro-Oncology Advances』に掲載されました(Uemae et al. 2026)。自家がんワクチンを製造するセルメディシン株式会社と、筑波大学脳神経外科の石川先生らのグループによる論文です。

当院は、この自家がんワクチン療法を取り扱う医療機関の一つです。この記事では、論文で何が分かり、何がまだ分かっていないのかを、脳神経外科医の立場から整理します。

本記事は、査読を経た論文に基づく一般的な医療情報です。当院の医師は、今回紹介するUemae et al. 2026の論文の著者ではありません。特定の治療の効果を保証するものではなく、記載の内容は2026年10月時点のものです。


目次


脳腫瘍の治療や自家がんワクチンについて、気になることがあればご相談ください。

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1. 研究の出発点はワクチンの臨床研究

自家がんワクチン(AFTV)は、手術で摘出した患者さん自身の腫瘍組織から作るワクチンです。初めて膠芽腫(グリオブラストーマ)と診断された方を対象に、多施設でプラセボ(有効成分を含まない注射)と比べる第IIb相試験(有効性の見通しを確かめる段階の臨床試験)が行われました(Muragaki et al. 2023)。

この試験では、参加者全体で見ると、生存期間に明確な差は示されませんでした。一方で、腫瘍を画像上すべて取りきれた方や、p53というたんぱく質が陰性だった方のグループでは、差の傾向がみられています。試験の詳しい経緯はがんワクチンの現在地をまとめた記事で解説しています。

続いて、1つの施設の過去の診療データを使い、ワクチンを受けた29人と、年齢などの条件をそろえて選んだ標準治療のみの29人を比べた研究が行われました(Yamada et al. 2023)。ここでも、組織の免疫染色でp53が陰性であることと、腫瘍の全摘出が、ワクチンを受けた方でだけ良好な経過と関係していました。


残っていた「なぜ」

p53は、TP53という遺伝子から作られるたんぱく質です。では、なぜp53の状態によって違いが出るのか。この仕組みは分かっていませんでした。今回の論文は、この問いを手がかりに、TP53の変異と免疫の関係を調べたものです。



2. TP53変異とLAG3の関係

研究グループは、世界中の研究者が使える公開のがんゲノムデータベースから、WHOグレード4の神経膠腫(膠芽腫など)のデータを解析しました。遺伝子の変異と、どの遺伝子がどれだけ働いているかの情報を、統計の手法で比べています(Uemae et al. 2026)。

項目 内容
主な解析 GDC(米国国立がん研究所の公開データベース)の442例
確認の解析 別のデータベースGLASSの79例
比べたもの TP53変異のある腫瘍とない腫瘍で、免疫のブレーキ役の遺伝子7種類の働きの強さ
主な結果 7種類のうち、両方のデータで一貫して高かったのはLAG3だけ

LAG3とは

LAG3は、免疫細胞の表面にあり、免疫の働きにブレーキをかける分子の一つです。こうした分子は「免疫チェックポイント」と呼ばれます。よく知られているPD-1と同じ仲間ですが、働き方には違いがあります。


「免疫細胞の多さ」では説明できない

腫瘍の中に免疫細胞が多ければ、ブレーキ役の遺伝子の数値も高く出やすくなります。そこで研究グループは、免疫細胞の多さや、がんの目印を免疫に示す仕組みの強さを差し引いて計算し直しました。それでも、TP53変異とLAG3の関係はほとんど変わりませんでした。腫瘍細胞の割合などを考慮すると関係はやや弱まりましたが、消えることはありませんでした。

また、TP53変異があるかどうかで、免疫細胞の多さそのものには差がありませんでした。つまり、TP53変異のある腫瘍では、免疫の量とは別の理由でLAG3が高くなっている可能性がある、という結果です。



3. この結果をどう読むか


論文が自ら挙げている限界

  • ある一時点のデータを比べたもので、TP53変異がLAG3を高めているという因果関係までは分かりません
  • 腫瘍組織をまとめて調べたデータのため、LAG3を出しているのがどの細胞かは分かりません
  • 遺伝子の働きを見たもので、実際のたんぱく質の量は今後、組織で確かめる必要があるとされています

また、解析に使われたのはワクチンを受けた患者さんのデータではなく、ワクチンの効果を確かめた研究ではない点にも注意が必要です。

なお、過去の臨床研究は組織の「免疫染色」でp53を見ており、今回の論文は「遺伝子の変異」を見ています。両者には関連があると報告されていますが(Yamada et al. 2023)、同じ物差しではないため、そのままつなげて考えることはできません。


院長の研究:ICOSLGというもう一つの仕組み

膠芽腫が免疫の攻撃から逃れる仕組みは、当院院長が関西医科大学脳神経外科で取り組んできた研究テーマです。2020年には、ICOSLGという分子についての論文が国際誌に掲載されています(Iwata et al. 2020)。

ICOSLGは、免疫の働きを調整する「B7ファミリー」と呼ばれる分子の一つです。本来は免疫を後押しする側の分子ですが、この論文では、膠芽腫で免疫を抑える方向に働いていることが報告されました。

調べたこと・対象 主な結果
患者さんの経過
米国の公開データベース(TCGA)の膠芽腫71例(ICOSLGが多い29例・少ない42例)
多いグループのほうが経過が不良(P=0.0439)
患者さんの経過
関西医科大学で手術した初発膠芽腫20例の組織
ICOSLGが染まるグループのほうが経過が不良(P=0.01)
どのタイプに多いか
患者さん由来のがん幹細胞(間葉系4株・前神経型3株)
間葉系で多く、前神経型ではわずか
T細胞への影響
間葉系のがん幹細胞(主にMD13株)の培養液で育てたT細胞
免疫を抑える物質(IL-10)を出し、制御性T細胞が増えた。ICOSLGの働きをふさぐと、その増加は減った
マウスでの確認
免疫が働く通常のマウス(各群6匹)
ICOSLGを減らした腫瘍では、生存期間が延びた(P=0.002)
マウスでの確認
T細胞がほとんどいないマウス(各群6匹)
生存期間の差は、ほぼ見られなくなった(P=0.166)

P値は、差が偶然で説明できるかどうかの目安で、一般に0.05より小さいと「偶然とは考えにくい差」とみなします。ただし、人の組織は20例、マウスは各群6匹と、規模の小さい研究です。表の最後の2行が要点です。T細胞がほとんどいないマウスでは差がほぼ消えたことから、ICOSLGは免疫(T細胞)を介して腫瘍の進行に関わっていると読み取れます。

マウスでの結果は、そのまま人の治療に当てはめられるものではありません。論文では、ICOSLGの働きを抑えることが、間葉系の性質が強い膠芽腫に対する免疫療法の手がかりになりうると結論づけています。

なお、今回の論文(Uemae et al. 2026)が比べた7種類の遺伝子に、ICOSLGは含まれていません。2つの研究は別々に行われたもので、互いの結果を確かめ合ったものではありません。ICOSLGの研究については、膠芽腫の予測マーカーの記事でも解説しています。


論文(Uemae et al. 2026)についての考察

TP53変異のある腫瘍では、LAG3という別のブレーキが強くかかっていて、ワクチンで呼び起こした免疫が働きにくいのかもしれない。今回の結果は、そうした仮説を立てる手がかりになると考えます。ただし、論文自体はこの点を述べておらず、検証前の仮説です。p53の状態でワクチンを受けるかどうかを決められる段階ではありません。

また、LAG3の研究とICOSLGの研究を並べると、同じ膠芽腫でも、腫瘍の性質によって、免疫を抑える仕組みの中心が違うのかもしれない、という見方ができると考えます。これも、今後の研究で確かめる必要がある考えです。

論文では、LAG3を標的とする薬が、PD-1を抑える薬との併用で別のがん(メラノーマ:悪性黒色腫、皮膚がんの一種)に承認されていることにも触れ、TP53変異がLAG3を狙う治療の対象を選ぶ目安になりうるとしています。脳腫瘍でこうした薬の効果が確かめられたわけではなく、今後の研究を待つ段階です。

また、この論文の著者には、ワクチンを製造するセルメディシン株式会社の社員と代表者が含まれており、論文中でその旨が明記されています。あわせて、同社は研究の計画やデータの収集・解析には関わっていないとも記載されています。研究の詳細は論文本文(無料で公開)でご確認いただけます。

当院で取り扱う自家がんワクチン療法について(自由診療・未承認医薬品)

  • 公的医療保険が適用されない自由診療(全額自己負担)です。標準的な費用は、初回のご相談が33,000円(税込)、ワクチン接種3回を1コースとして1,881,000円(税込)です。
  • 治療回数:皮内注射を1週間ごとに3回、これを1コースとします。
  • 治療期間:1コースに約3週間を要します。入院は不要で、外来通院で行います。
  • 医薬品医療機器等法に基づく承認を受けていない未承認医薬品です。同一の成分や性能を有する国内承認医薬品はなく、諸外国で承認されているという情報も確認されていません。情報が限られているため、重大なリスクが明らかになっていない可能性があります。
  • ワクチンの製造・開発はセルメディシン株式会社が行っており、当院は同社に製造を依頼する形で提供しています。
  • 未承認医薬品であるため、健康被害が生じた場合に医薬品副作用被害救済制度の対象とはなりません。
  • 主な副作用として、注射した部位の赤み・腫れ・硬結、まれに軽度の発熱が報告されています。今後、新たな副作用が明らかになる可能性は否定できません。活動性の自己免疫疾患をお持ちの方は原則として対象外です。

自家がんワクチン療法のページ(治療の流れ・適応の詳細)はこちら


ご自身の病理結果をどう読めばよいか迷ったら、資料をお持ちのうえでご相談ください。

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4. よくある質問

Q. p53が陽性だと、自家がんワクチンは受けられませんか。

p53の状態で対象を分ける基準は、研究ではまだ確立されていません。過去の研究で示されたのは、グループごとの経過の傾向です。今回の論文も、ワクチンの効き方を直接調べたものではありません。適応は、画像・病理・治療の経過をもとに医師が判断します。

Q. 自分の腫瘍にTP53変異があるか、どうすれば分かりますか。

手術を受けた医療機関の病理報告書に、p53の免疫染色の結果が記載されていることがあります。遺伝子の変異まで調べているかは医療機関によって異なるため、主治医にご確認ください。

Q. LAG3を抑える薬は、脳腫瘍で使えますか。

論文によると、再発した膠芽腫を対象とした臨床試験が進められている段階です。脳腫瘍に対する効果は確かめられていません。



5. まとめ

  1. 2026年9月、TP53変異のあるグレード4の神経膠腫では、免疫のブレーキ役LAG3が選択的に高いという論文が発表されました。
  2. GDCの442例とGLASSの79例の両方で、免疫のブレーキ役の遺伝子7種類のうちLAG3だけが一貫して高く、免疫細胞の多さを差し引いても関係は残りました。
  3. 研究の出発点は、自家がんワクチンの臨床研究で見えた「p53による違い」です。
  4. 当院院長は2020年、膠芽腫の間葉系タイプでICOSLGという別の分子が免疫を抑える方向に働くことを報告しています。
  5. ワクチンの効果を確かめた研究ではなく、仕組みの解明は今後の研究を待つ段階です。

研究の進み方は一歩ずつで、一つの論文で治療の選び方が変わるわけではありません。それでも、「なぜp53の状態によって経過の傾向が異なるのか」に向き合う研究が積み重なっていることは、患者さんとご家族にとって大切な情報だと考えています。ご自身の状況に当てはめて考えたいときは、どうぞご相談ください。



お問い合わせ・ご予約

脳腫瘍の治療方針や、自家がんワクチン療法の適応についてお悩みの方は、お気軽にご相談ください。ご本人が来院できない場合でも、ご家族のみでのご相談が可能です。紹介状と画像データ、病理報告書をお持ちいただくと、より具体的にお話しできます。ご予約は、下記から可能です。

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当院公式LINEにてご質問等もお受けしておりますので、お気軽にお問い合わせくださいませ。

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重要:本記事の位置づけ(医療情報として)

  • 本記事は、研究報告や公的資料に基づく「一般的な医療情報」です。
  • 特定の治療を推奨・保証するものではありません。効果や副作用には個人差があります。
  • 実際の治療は、症状・既往歴・併用薬などを踏まえて医師が判断します。
この記事を書いた先生のプロフィール
いわた脳神経外科クリニック 院長 岩田 亮一
医師・医学博士/日本脳神経外科学会認定 脳神経外科専門医/日本脳神経血管内治療学会認定 脳血管内治療専門医/日本頭痛学会認定 頭痛専門医
(日本脳卒中学会・日本認知症学会 所属)

脳外科医として関西医大で14年間勤務。大学時代は、脳腫瘍や脳卒中の手術治療や研究を精力的に行ってきました。
脳血管内治療(カテーテル治療)の専門医でもあり、くも膜下出血や脳動脈解離など「危険な頭痛」の鑑別・初期対応にも力を入れています。
即日MRI診断で手遅れになる前にスムーズな病診連携を行っています。MRIで異常がない頭痛であっても、ただの頭痛ではなく脳の病気であり治療が必要です。メタ認知で治す頭痛治療をモットーに頭痛からの卒業を目指しています。
院長の私自身も頭痛と付き合ってきました。だからこそ、毎日頭痛外来で100人以上の頭痛患者さんの診療を行っています。我慢しないでその頭痛一緒に治療しましょう。

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参考文献

  1. Iwata, R, Hyoung Lee, J, Hayashi, M, Dianzani, U, Ofune, K, Maruyama, M, Oe, S, Ito, T, Hashiba, T, Yoshimura, K, Nonaka, M, Nakano, Y, Norian, L, Nakano, I & Asai, A 2020, ‘ICOSLG-mediated regulatory T-cell expansion and IL-10 production promote progression of glioblastoma’, Neuro-Oncology, vol. 22, no. 3, pp. 333-344, DOI 10.1093/neuonc/noz204, viewed 21 October 2026, <https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31634400/>.
  2. Muragaki, Y, Ishikawa, E, Maruyama, T, Nitta, M, Saito, T, Ikuta, S, Komori, T, Kawamata, T, Yamamoto, T, Tsuboi, K, Matsumura, A, Nakamura, H, Kuroda, J, Abe, T, Momii, Y, Saito, R, Tominaga, T, Tabei, Y, Suzuki, I, Arakawa, Y, Miyamoto, S, Matsutani, M, Karasawa, K, Nakazato, Y, Maebayashi, K, Hashimoto, K & Ohno, T 2023, ‘A multicenter, randomized, placebo-controlled phase IIb trial of an autologous formalin-fixed tumor vaccine for newly diagnosed glioblastomas’, Journal of Neurosurgery, vol. 139, no. 2, pp. 344-354, DOI 10.3171/2022.12.JNS221221, viewed 21 October 2026, <https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36670529/>.
  3. Uemae, Y, Miki, S, Yamada, E, Zaboronok, A, Ohno, T & Ishikawa, E 2026, ‘TP53 mutation is associated with selective upregulation of LAG3 independent of immune infiltration and antigen-presentation signatures in WHO grade 4 glioma’, Neuro-Oncology Advances, vol. 8, no. 1, vdag233, DOI 10.1093/noajnl/vdag233, viewed 21 October 2026, <https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42824783/>.
  4. Yamada, E, Ishikawa, E, Miyazaki, T, Miki, S, Sugii, N, Kohzuki, H, Tsurubuchi, T, Sakamoto, N, Watanabe, S & Matsuda, M 2023, ‘P53-negative status and gross total resection as predictive factors for autologous tumor vaccine treatment in newly diagnosed glioblastoma patients’, Neuro-Oncology Advances, vol. 5, no. 1, vdad079, DOI 10.1093/noajnl/vdad079, viewed 21 October 2026, <https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37484760/>.