
この記事で分かること
- 歩きにくさ・物忘れ・尿の悩みが同時に出るとき、疑う病気があること
- 正常圧水頭症は高齢者の1.6%にみられ、手術で改善が期待できること
- MRIで疑うことができ、当院では受診したその日に検査できること
「最近、父の歩き方が変わってきた」「すり足で、小股で、方向転換のときにふらつく」。ご家族がそうおっしゃって、ご本人を連れて来られることがあります。
多くの場合、ご家族は「歳のせいだろう」と思いながら来られます。そして同じくらいの頻度で、「物忘れも出てきた」「トイレが近くなった」という話が続きます。
この三つが同じ時期に重なってきたとき、脳神経外科には確かめておきたい病気があります。特発性正常圧水頭症(とくはつせい せいじょうあつ すいとうしょう)といいます。
本記事は、公的なガイドラインや研究報告にもとづく一般的な医療情報です。診断・治療は症状や経過をふまえて医師が判断します。症状の現れ方や治療の効果には個人差があり、すべての方に同じ結果が得られるものではありません。
目次
歩き方の変化が気になる方は、一度ご相談ください。
はじめて受診される方
1. 三つの症状が重なるとき
正常圧水頭症は、脳を保護している脳脊髄液(のうせきずいえき)の流れや吸収がうまくいかなくなり、脳の中心にある脳室という空間が広がっていく病気です。「正常圧」という名前のとおり、髄液の圧そのものは正常の範囲にあります。圧が上がって激しい頭痛が出る、という現れ方はしません。
かわりに、次の三つの症状がゆっくりと進みます。
| 症状 | 現れ方 |
|---|---|
| 歩行の障害 | すり足になる、歩幅が小さくなる、足が開き気味になる、方向転換でふらつく |
| 認知の障害 | 物忘れ、動作がゆっくりになる、意欲が落ちる、段取りが立てにくくなる |
| 排尿の障害 | トイレが近い、我慢がききにくい、間に合わないことがある |
2026年9月に医学雑誌 JAMA に掲載された総説によると、それぞれの症状がみられる割合は、歩行の障害が85〜95%、排尿の障害がおよそ75〜90%、認知の障害が60〜80%と報告されています(Maroufi et al. 2026)。
最初に出るのは、多くの場合「歩き方」です
三つのうち、もっとも高い割合で現れ、そして最初に目立つことが多いのが歩行の障害です。ご本人は自覚していないことも珍しくなく、ご家族が「歩き方が変わった」と気づいて来られるほうが多い印象があります。
特徴的なのは、足が地面から離れにくいことです。すり足で、歩幅が小さく、足の間隔が広がります。方向を変えるときに一度立ち止まったり、小刻みに足踏みをしてから向きを変えたりします。
一方で、手足の力そのものは保たれていることが多く、座っている間は特に問題がないように見えます。だからこそ「足腰が弱っただけ」と受け取られやすいのです。
「認知症が始まった」と思われることがあります
物忘れや意欲の低下が前面に出ると、ご家族はまず認知症を心配されます。実際、認知症の診療を行う施設には、この病気の方が数多く受診しています。厚生労働科学研究費の事業で作られた手引き書によると、認知症診療の中核となる施設の97%に、正常圧水頭症の患者さんが受診していたと報告されています(數井ほか 2025)。
つまり、認知症を心配して受診した方のなかに、この病気が混ざっているということです。
2. どのくらいの方にあるのか
珍しい病気だと思われがちですが、そうではありません。
報告されている頻度
- 日本では、高齢者の1.6%にみられる(數井ほか 2025)
- 65歳以上でおよそ1〜4%、80歳以上では6〜8%(Maroufi et al. 2026)
80歳以上の6〜8%という数字は、12〜15人にひとりという計算になります。デイサービスや施設で「歩けなくなってきた方」を思い浮かべたとき、そのなかに含まれていても不思議のない頻度です。
そして重要なのは、この病気には治療があるということです。
3. なぜ見つかりにくいのか
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
治療のある病気で、頻度も低くない。それなのに見つかりにくいのはなぜか。先ほどの手引き書には、その理由がはっきりと数字で示されています。2019年に認知症疾患医療センターを対象に行われた調査の結果です(數井ほか 2025)。
| 調査の項目 | 割合 |
|---|---|
| 最新の診療ガイドラインを使用していた施設 | 37.3% |
| 診断に使う画像所見「DESH」を知っていた施設 | 38% |
| 髄液を抜いて確かめる検査を行っていた施設 | 15.8% |
認知症の診療を専門に行っている施設でも、この病気を見分けるための道具が十分に使われていないという実態です。責められる話ではありません。認知症の診療と、脳の画像を読んで水頭症を疑う作業は、もともと別の専門性だからです。
だからこそ、脳神経外科が関わる意味があります。脳室の広がり方を見慣れているかどうかで、拾えるかどうかが変わります。
「歳のせい」で止まってしまう
もうひとつの理由は、症状の性質そのものにあります。
すり足も、物忘れも、トイレが近いことも、どれも年齢とともによくあることです。ひとつずつ見ていくと、受診の理由になりにくい。整形外科で腰を診てもらい、泌尿器科で膀胱を診てもらい、それぞれで「年齢相応」と言われる。三つがつながっていることに、誰も気づかないまま時間が過ぎるということが起こります。
三つ同時でなくても構いません。歩き方の変化に、物忘れか尿の悩みが一つ加わっているようなら、一度ご相談ください。
4. MRIで何を見ているのか
この病気を疑ううえで、MRIは決定的な役割を持ちます。頭の中の変化が、画像にはっきり現れるためです。
画像で確かめること
- 脳室の広がり:エバンス指数という比率が0.30以上かどうか(Maroufi et al. 2026)
- DESH(デッシュ):頭のてっぺん側の隙間が狭く、一方で脳の左右の溝は広がっている、という不均衡な見え方
- ほかの病気がないか:脳梗塞、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫など
DESHは、日本の研究から広まった考え方で、不均衡なくも膜下腔の拡大を有する水頭症という言葉の略です。脳が縮んで隙間が広がっているのか、それとも髄液の流れの問題で脳室が広がっているのか。この見分けに役立ちます。
先ほどの調査で「DESHを知っていた施設は38%」という数字が出ていたのは、ここを指しています。知っていれば画像から疑えるのに、知られていないために通り過ぎてしまうということです。
アルツハイマー型認知症との違い、そして重なり
脳室が広がって見えるのは、この病気だけではありません。アルツハイマー型認知症でも、脳が縮んだ結果として脳室が広く見えます。見分けるのは「広がっているかどうか」ではなく、「広がり方」です。
さらにややこしいのは、両方が同時に存在することがあるという点です。ご高齢の方では珍しくありません。その場合、水頭症の治療で歩行はよくなっても、物忘れは残ることがあります。何がどこまで戻るのかを、あらかじめお話ししたうえで進めていくことになります。
似た症状になる、ほかの病気
すり足や小刻みな歩き方は、この病気に限ったものではありません。診察では、次のような病気との違いも確かめます。
| 病気 | 見分けるときの手がかり |
|---|---|
| パーキンソン病 | 手のふるえ、動作の遅さ、前かがみの姿勢。歩幅は小さいが足の間隔は狭いことが多い |
| 腰部脊柱管狭窄症 | 歩くと足がしびれて休みたくなる、前かがみになると楽。物忘れや尿の症状は伴わない |
| アルツハイマー型認知症 | 物忘れが先に出て、歩行は後から。画像では脳の縮み方の分布が違う |
| レビー小体型認知症 | 幻視、日によって調子が大きく変わる、動作の遅さ |
| 慢性硬膜下血腫 | 数週間から数か月前の頭のけがが手がかり。画像で判断でき、治療で戻ることが多い |
このなかで慢性硬膜下血腫は、正常圧水頭症と同じく治療で改善が期待できる病気です。頭を打った記憶がなくても起こることがあります。「物忘れと歩きにくさ」で受診された方の画像で見つかることは、実際にあります。
また、これらはどれか一つとは限りません。ご高齢の方では複数が重なっていることのほうが多く、そのうち治療で戻せる部分がどれなのかを見極めるのが診療の目的になります。
5. 疑ったあとの進み方
MRIで疑いが出たら、次は髄液を抜いて症状が変わるかを確かめる検査に進みます。腰から髄液を30〜50mL抜いて、その前後で歩き方や認知機能を比べます(數井ほか 2025)。髄液を減らして症状が軽くなるなら、手術でも改善が期待できる、という考え方です。
この検査の読み方には、注意が要ります
髄液を抜いてよくなった場合、手術で改善する可能性は85〜90%と報告されています。一方で、変化がなかった場合でも、手術が有効でないとは言い切れません。変化がなかった方のうち、実際には手術が効く方が相当数含まれるためです(陰性のときの的中率は30〜40%と報告されています/Maroufi et al. 2026)。
つまり「検査で変わらなかったから諦める」とは限らない、ということです。
この点は、ご家族に必ずお伝えしている内容です。一度の検査で結論を出さず、経過を見ながら判断することがあります。
治療でどこまで戻るのか
治療は、髄液の流れ道を作るシャント手術です。細い管を入れて、髄液をお腹などへ逃がします。
| 報告されている改善 | 割合 |
|---|---|
| 日常生活動作(ADL)の改善(日本の報告) | 80% |
| 他覚的な認知障害が消失(日本の報告) | 46% |
| 全体としての改善 | 70〜90% |
| 歩行の改善 | およそ75〜80% |
| 認知・排尿の改善 | およそ50〜70% |
出典は、上二つが厚生労働科学研究費事業の手引き書(數井ほか 2025)、下三つが JAMA の総説(Maroufi et al. 2026)です。
ただし、これらはあくまで報告されている数字であり、お一人ずつの結果をお約束するものではありません。手術には合併症もあり、ご年齢や併存する病気によって適応は変わります。早い段階で見つかった方のほうが、戻る余地は大きいという点は、覚えておいていただきたいところです。
手術を受けたあとのこと
シャント手術は、入れて終わりではありません。髄液がどれくらい流れるかを調整する必要があり、多くの場合は体の外から圧の設定を変えられる仕組みになっています。
流れすぎると、立ったときの頭痛や、脳の表面に血液がたまるといったことが起こりえます。逆に流れが足りなければ、症状が戻ってきます。設定を少しずつ調整しながら、いちばんよいところを探していくという治療です。
そのため、手術後も定期的な通院と画像の確認が続きます。当院では、手術を受けられた方の経過を地域のかかりつけとして一緒に見ていくことができます。遠方の病院で手術を受けられた方も、日々の相談は近くでできたほうが続けやすいはずです。
6. 当院での対応
当院は脳神経外科のクリニックで、MRIを備えています。歩き方の変化や物忘れでご相談いただいた際に、受診されたその日のうちに頭の中を確認できることが、この病気については大きな意味を持ちます。
院長は日本脳神経外科学会認定の脳神経外科専門医です。脳室の広がり方やDESHの有無は、日常的に画像を読んでいる者であれば拾える所見です。
疑いが強いと判断した場合には、髄液の検査や手術を行う専門の施設へご紹介します。当院で手術を行うことはありません。治療のあとの経過を、地域のかかりつけとして一緒に見ていく形になります。
ご家族に教えていただきたいこと
診察室は数メートルしかありません。そのうえ、ご本人は「見られている」と思うと、いつもより しっかり歩かれます。診察室での歩き方は、ふだんの歩き方と違うことがよくあります。
もし可能であれば、ふだん歩いておられる様子を短い動画で撮ってきていただくと、診察の助けになります。必須ではありませんので、無理のない範囲で構いません。
もし撮れるようでしたら
- まっすぐ10歩ほど歩く様子を、横から
- 方向転換(くるりと向きを変えるところ)
- 椅子から立ち上がるところ
スマートフォンで十分です。足元が写っていれば、画質は問いません。
方向転換は、とくに大事です。この病気では向きを変えるときにもっとも不安定になることが多く、まっすぐ歩いているだけでは分からないためです。
あわせて、いつ頃から変わってきたかを教えてください。半年で進んだのか、3年かけてゆっくりなのかで、考える病気が変わります。ご家族の記憶が、いちばんの手がかりになります。
「歳のせいだと思うのですが」とおっしゃりながら来られて構いません。確かめてみて何もなければ、それがいちばんよい結果です。
7. よくある質問
Q. 本人が受診したがりません。
よくうかがうお話です。「認知症の検査に行こう」と言うと拒まれることが多いのですが、「歩き方をみてもらおう」「転ぶと困るから」という入り方だと応じてくださることがあります。歩行の障害はご本人にも実感があるためです。
Q. 頭痛はありますか。
基本的には目立ちません。「水頭症」という名前から強い頭痛を想像される方が多いのですが、この病気は髄液の圧が正常の範囲にあるため、頭痛が主な症状になることは多くありません。頭痛がないことは、否定する理由にはなりません。
Q. 認知症と診断されていますが、可能性はありますか。
あります。両方が重なっていることもあります。とくに歩き方の変化が目立つ場合は、一度画像を確認する価値があります。すでに他院で治療を受けておられる場合は、その内容を続けたうえでご相談ください。
Q. MRIは当日に受けられますか。
当院はMRIを備えており、医師が必要と判断した場合、受診されたその日に検査を行うことがあります。混雑の状況によりますので、お電話でご相談いただいても構いません。
Q. 手術は大がかりなものですか。
髄液を逃がすための細い管を入れる手術です。大きさは施設や術式によって異なりますので、実際の内容はご紹介先の担当医からご説明を受けてください。ご年齢や併存する病気によって適応は変わります。
Q. 放っておくとどうなりますか。
ゆっくりと進む病気です。歩行が不安定な状態が続けば転倒の危険が高まりますし、動く機会が減ることで全身の状態にも影響します。早い段階のほうが、治療で戻る余地が大きいと報告されています。
8. まとめ
- すり足・物忘れ・尿の悩みが重なるとき、正常圧水頭症という病気があります
- 高齢者の1.6%にみられ、80歳以上では6〜8%という報告もあります
- 認知症の専門施設でも診断の道具が十分に使われていない実態があり、見つかっていない方がいます
- MRIで疑うことができ、当院では受診されたその日に確認できる場合があります
- 治療で日常生活動作が改善したという報告は80%。ただし効果には個人差があります
歩き方が変わってきた。それを「歳だから」と片づける前に、一度だけ確かめておく。確かめて何もなければ、安心して年齢と付き合っていけます。そのための受診だとお考えください。
気になる症状があれば、ご家族だけのご相談でも構いません。
はじめて受診される方
参考文献
- Maroufi, SF, Yasar, S, Moghekar, A & Luciano, MG 2026, ‘Idiopathic normal pressure hydrocephalus: a review’, JAMA, published online 14 September 2026, DOI 10.1001/jama.2026.15519.
- 數井裕光, 伊関千書, 中島円, 鐘本英輝 & 森悦朗 2025, 『特発性正常圧水頭症(iNPH)と類似疾患との鑑別診断、および併存診断と治療、診療連携構築のための実践的手引き書』, 厚生労働科学研究費補助金事業「認知症診療医のための『特発性正常圧水頭症の鑑別診断とアルツハイマー病併存診断、および診療連携構築のための実践的手引き書と検査解説ビデオ』作成研究」班.
- 日本正常圧水頭症学会・特発性正常圧水頭症診療ガイドライン作成委員会 2020, 『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第3版』, メディカルレビュー社, 東京.
重要:本記事の位置づけ(医療情報として)
- 本記事は、公的資料や研究報告に基づく「一般的な医療情報」です。
- 特定の治療を推奨・保証するものではありません。症状の感じ方や経過には個人差があります。
- 実際の診断・治療は、症状・既往歴などを踏まえて医師が判断します。気になる症状があるときは受診してください。




















