【結論】転移性脳腫瘍は早期発見・集学的治療で予後改善が可能
1. 転移性脳腫瘍とは:他臓器の癌が脳に転移したもので、全脳腫瘍の約半数を占める。肺癌・乳癌・悪性黒色腫が3大原因
2. 早期発見が重要:MRI検査により無症状の段階で発見可能。症状出現前の治療開始が予後を大きく改善
3. 治療法の進歩:定位放射線治療(SRS)、分子標的薬、免疫療法などの進歩により、生存期間が大幅に延長
4. 集学的治療アプローチ:手術・放射線・薬物療法を組み合わせた個別化医療が標準。個々の患者に最適な治療戦略を選択
5. QOL(生活の質)の維持:脳機能温存を重視した治療により、治療後も良好な生活の質を保つことが可能
6. 定期的なフォローアップ:原発癌の治療中・治療後は定期的な脳MRI検査が推奨される

「癌の治療中だけど、頭痛が続いている…」「他の臓器の癌が脳に転移しないか心配…」—そんな不安をお持ちではありませんか?


転移性脳腫瘍は、肺癌や乳癌など他臓器の癌が脳に転移した状態です。かつては予後不良とされていましたが、定位放射線治療や分子標的薬、免疫療法などの進歩により、近年では生存期間が大幅に延長し、良好な生活の質を保ちながら治療を続けることが可能になっています。

転移性脳腫瘍の現状と治療の進歩

  • 発生頻度:全脳腫瘍の約50%が転移性脳腫瘍(原発性脳腫瘍より多い)(Lamba et al., 2021)
  • 3大原因:肺癌(40-50%)、乳癌(15-25%)、悪性黒色腫(5-20%)(Tabouret et al., 2012)
  • 定位放射線治療の進歩:手術と同等の局所制御率85-95%(Aoyama et al., 2006)、侵襲が少なく脳機能温存
  • 分子標的薬の効果:EGFR変異陽性肺癌の脳転移で奏効率70-80%(Ballard et al., 2016)
  • 免疫療法の進歩:悪性黒色腫の脳転移で頭蓋内奏効率50%以上(Tawbi et al., 2021)
  • → 早期発見と適切な集学的治療により予後は大きく改善

本記事では、脳神経外科専門医の視点から、エビデンスに基づいて転移性脳腫瘍の診断・治療法と、現在の医療における課題と展望を詳しく解説します。

この記事で分かること
・転移性脳腫瘍とは何か:定義・疫学・原因癌の種類
症状と診断方法:早期発見のためのMRI検査の重要性
治療法の選択肢:手術・定位放射線治療・全脳照射・薬物療法
治療戦略:分子標的薬・免疫療法の進歩
現状の医療の限界:血液脳関門・薬剤耐性・治療合併症
よくある質問:患者さんやご家族の疑問に専門医が回答



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目次



1. 転移性脳腫瘍とは何か

1-1. 転移性脳腫瘍の定義

転移性脳腫瘍(脳転移)とは、他の臓器に発生した悪性腫瘍(癌)が、血流に乗って脳に到達し、そこで増殖した腫瘍のことです。脳自体から発生する原発性脳腫瘍とは異なり、脳以外の臓器が原発巣となります。

転移性脳腫瘍の特徴

  • 発生頻度:全脳腫瘍の約50%を占め、原発性脳腫瘍(膠芽腫・髄膜腫など)より多い(Lamba et al., 2021)
  • 好発部位:大脳皮質・白質境界部(約80%)、小脳(15%)、脳幹(5%)
  • 多発性:約60-80%の患者で複数個の転移が認められる
  • 周囲浮腫:腫瘍周囲に脳浮腫を伴うことが多く、これが症状の原因となる
  • 血液脳関門(BBB: Blood-Brain Barrier)の破綻:造影剤でよく染まる(造影効果あり)のが特徴

1-2. 疫学:どのくらいの頻度で発生するか

癌患者の約20-40%が脳転移を発症するとされています(Lamba et al., 2021)。癌治療の進歩により全身の癌のコントロールが良好になった結果、脳転移が顕在化するケースが増加傾向にあります。

原発癌 脳転移の頻度 全脳転移に占める割合
肺癌 40-50% 40-50%
乳癌 15-30% 15-25%
悪性黒色腫 40-60% 5-20%
腎細胞癌 10-20% 5-10%
大腸癌 5-10% 5-10%
原発不明癌 5-10%

※Tabouret et al. (2012)、Fox et al. (2011)より

1-3. 脳転移の発生メカニズム

脳転移は以下のステップで発生します:

  1. 原発巣での増殖:肺や乳房などの臓器で癌細胞が増殖
  2. 血管内侵入:癌細胞が血管内に侵入(血行性転移)
  3. 循環:血流に乗って全身を循環
  4. 脳血管への到達:脳の毛細血管に癌細胞が到達
  5. 血管外浸潤:血液脳関門(BBB)を通過して脳組織内に浸潤
  6. 脳内での増殖:脳組織内で腫瘍として増殖

なぜ脳に転移しやすいのか

  • 豊富な血流:脳は体重の約2%だが、心拍出量の約15%の血流を受ける
  • 血管の特性:脳の毛細血管は分岐が多く、癌細胞が停滞しやすい
  • 血液脳関門(BBB: Blood-Brain Barrier、日本語:血液脳関門):正常組織では保護的に働くが、癌細胞が一度通過すると薬剤が届きにくくなる
  • 脳の微小環境:脳組織内の環境が癌細胞の生着・増殖に適している


2. 症状と診断:早期発見が予後を改善する

2-1. 転移性脳腫瘍の症状

症状は腫瘍の部位・大きさ・周囲浮腫の程度によって異なります。

症状カテゴリー 具体的な症状 発生頻度
頭蓋内圧亢進症状 頭痛(特に朝方)、悪心・嘔吐、意識障害、うっ血乳頭 40-50%
局所神経症状 片麻痺、感覚障害、失語症、視野障害 40-50%
痙攣発作 全身性けいれん、部分発作 15-20%
認知機能障害 記憶障害、見当識障害、性格変化 30-40%
小脳症状 歩行障害、協調運動障害、めまい 10-15%
無症状 検診や他疾患の検査で偶然発見 10-20%

2-2. 診断:MRI検査が最も重要

転移性脳腫瘍の診断において、造影MRI検査が最も感度・特異度が高い検査です。

MRI検査の特徴

  • 高い検出能:数mm程度の小さな転移も検出可能
  • 造影効果:転移性脳腫瘍は造影剤で強く染まる(リング状増強効果)
  • 周囲浮腫の評価:T2強調画像・FLAIR画像で腫瘍周囲の浮腫を評価
  • 多発病変の検出:複数個の転移を同時に評価可能
  • 放射線被ばくなし:安全に繰り返し検査が可能

2-3. MRI所見の特徴

MRI所見 特徴
T1強調画像 低信号~等信号、造影で強い増強効果(リング状または結節状)
T2強調画像・FLAIR 腫瘍周囲に高信号の浮腫を伴う(vasogenic edema)
DWI(拡散強調画像) 中心部は様々(壊死・出血の有無で変化)
好発部位 大脳皮質・白質境界部(灰白質接合部)が最多、多発性が特徴
出血を伴う転移 悪性黒色腫、腎細胞癌、絨毛癌、甲状腺癌で高頻度

2-4. その他の検査

  • CT検査:緊急時や出血の評価に有用。造影CTでも検出可能だがMRIより感度は低い
  • PET-CT検査:全身の癌の評価と脳転移の検索。原発巣不明の場合に有用
  • 腫瘍マーカー:血液検査で原発癌の種類や活動性を評価
  • 病理診断:手術で腫瘍を摘出した場合、組織診断により原発巣を推定

早期発見の重要性:
癌の治療中または治療後の患者さんは、症状がなくても定期的な脳MRI検査を受けることが推奨されます。無症状の段階で発見された脳転移は、症状が出現してから発見された場合と比較して、治療成績が良好です(Lamba et al., 2021)。




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3. 一般的な治療法:集学的アプローチが基本

転移性脳腫瘍の治療は、腫瘍の個数・大きさ・部位・原発癌の種類・全身状態などを総合的に評価し、手術・放射線治療・薬物療法を組み合わせた集学的治療が標準です(Lin and DeAngelis, 2015)。

3-1. 外科的治療(手術)

以下の条件を満たす場合、手術による腫瘍摘出術が検討されます。

手術の適応

  • 単発性または少数個の転移:1-3個程度
  • 腫瘍径が大きい:3cm以上で症状を伴う場合
  • 全身状態が良好:原発癌のコントロールが良好で全身転移が限定的
  • 生命を脅かす病変:脳幹圧迫、水頭症、大きな腫瘍による頭蓋内圧亢進
  • 病理診断が必要:原発不明癌や診断確定のため
  • 放射線抵抗性:腎細胞癌や悪性黒色腫など

手術の目的:

  • 腫瘍を可能な限り摘出し、症状を改善
  • 周囲浮腫を軽減し、頭蓋内圧を下げる
  • 病理診断により原発巣を推定
  • その後の放射線治療・薬物療法の効果を高める

3-2. 定位放射線治療(SRS: Stereotactic Radiosurgery)

定位放射線治療は、転移性脳腫瘍の標準的治療として確立されています(Aoyama et al., 2006)。ガンマナイフやサイバーナイフ、リニアックベースのSRSなどがあります。

定位放射線治療の特徴

  • 高精度:1mm以下の精度で腫瘍に集中照射
  • 非侵襲的:頭蓋骨を開けずに治療、入院不要または短期入院
  • 局所制御率が高い:85-95%の局所制御率、手術と同等(Aoyama et al., 2006)
  • 脳機能温存:正常脳組織への照射を最小限に抑制
  • 多発病変にも対応:1回の治療で複数個(通常10個程度まで)同時治療可能
  • 繰り返し治療可能:再発時にも再照射が可能

SRSの適応:

  • 腫瘍径3cm以下の転移性脳腫瘍(1-10個程度)
  • 手術困難な部位(脳深部、機能野近傍、脳幹)
  • 手術後の残存腫瘍や再発病変
  • 全身状態が手術に耐えられない場合

3-3. 全脳照射(WBRT: Whole Brain Radiation Therapy)

脳全体に放射線を照射する治療法です。近年はSRSの進歩により適応は縮小していますが、以下の場合に検討されます(Chang et al., 2009)。

  • 多発性病変:10個以上の多数の転移がある場合
  • 髄膜播種:癌細胞が髄膜に播種している場合
  • SRS後の補助療法:遠隔再発予防のため(最近は省略される傾向)

全脳照射の課題

  • 認知機能低下:記憶力・集中力の低下(晩期合併症)(Chang et al., 2009)
  • QOL低下:脱毛、倦怠感、食欲低下
  • 生存期間延長効果の限界:局所制御は改善するが全生存期間への影響は限定的

→ 近年はSRS単独治療が推奨され、全脳照射は慎重に適応を判断します(Brown et al., 2016)。

3-4. 薬物療法:全身治療と脳転移治療

薬物療法には、原発癌に対する全身治療と、脳転移に対する治療の両面があります。

薬物療法の種類 具体例 脳転移への効果
分子標的薬 EGFR阻害薬(ゲフィチニブ、オシメルチニブ)
ALK阻害薬(アレクチニブ)
HER2阻害薬(トラスツズマブ)
高い効果
脳移行性の良い薬剤が開発されている
免疫チェックポイント阻害薬 ニボルマブ、ペムブロリズマブ
イピリムマブ
有効
特に悪性黒色腫・肺癌で効果
細胞障害性抗癌剤 テモゾロミド、プラチナ製剤
パクリタキセル
限定的
(血液脳関門で阻まれる)
ステロイド デキサメタゾン 浮腫軽減
症状の速やかな改善
抗痙攣薬 レベチラセタム、ラモトリギン 痙攣発作の予防・治療

3-5. 治療戦略の選択:個別化医療

転移性脳腫瘍の治療は、以下の要素を総合的に評価して決定します(Sperduto et al., 2012)。

評価項目 治療選択への影響
腫瘍の個数 1-3個:手術またはSRS
4-10個:SRS
10個以上:全脳照射または薬物療法
腫瘍のサイズ 3cm以下:SRS
3cm以上:手術またはSRS+全脳照射
原発癌の種類 分子標的薬・免疫療法の効果を考慮
EGFR変異陽性肺癌→薬物療法優先
全身状態 PS(Performance Status)が良好→積極的治療
PS不良→緩和的治療
脳外病変のコントロール 制御良好→積極的脳転移治療
制御不良→全身治療優先


4. 治療戦略:分子標的薬と免疫療法の進歩

4-1. 分子標的薬の脳移行性の向上

従来、血液脳関門(BBB)が薬剤の脳移行を妨げていましたが、第3世代のEGFR阻害薬オシメルチニブALK阻害薬アレクチニブなど、脳移行性の高い分子標的薬が開発されています(Ballard et al., 2016)。

EGFR変異陽性肺癌の脳転移に対するオシメルチニブ

  • 頭蓋内奏効率:70-80%(従来の第1世代EGFR阻害薬は30-40%)(Soria et al., 2018)
  • 無増悪生存期間:中央値15-18ヶ月(従来薬の約2倍)
  • 脳転移予防効果:脳転移の発生リスクを約60%低減
  • SRSとの併用:相乗効果が報告されている

4-2. 免疫チェックポイント阻害薬の効果

ニボルマブやペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬は、悪性黒色腫や肺癌の脳転移に有効性が示されています(Tawbi et al., 2021)。

癌種 免疫療法 頭蓋内奏効率
悪性黒色腫 ニボルマブ+イピリムマブ併用 50-60%
非小細胞肺癌 ペムブロリズマブ単剤 30-40%
腎細胞癌 ニボルマブ+イピリムマブ併用 40-50%

※Tawbi et al. (2021)、Long et al. (2018)より

4-3. SRSと薬物療法の併用

SRSと分子標的薬・免疫療法の併用により、相乗効果が期待されています。

  • 放射線によるアブスコパル効果:SRSが免疫応答を活性化し、遠隔病変にも効果
  • 薬物療法による放射線増感:分子標的薬がSRSの効果を増強
  • 治療順序の最適化:SRS→薬物療法、または同時併用など、最適な治療順序を検討

4-4. 新規治療法の開発

臨床試験・研究段階の治療法

  • レーザー間質温熱療法(LITT):MRIガイド下でレーザーにより腫瘍を焼灼
  • 腫瘍治療電場療法(TTFields):電場により癌細胞の分裂を阻害
  • 血液脳関門開放技術:超音波や薬剤により一時的にBBBを開放し、薬剤を脳内に送達
  • CAR-T細胞療法:遺伝子改変したT細胞による免疫療法
  • ウイルス療法:腫瘍溶解性ウイルスによる治療



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