【医師解説】妊娠中のアセトアミノフェンと自閉症・ADHDの関係は? | いわた脳神経外科クリニック

妊娠中のカロナール(アセトアミノフェン)は安全?

9月23日、アメリカのトランプ大統領が、アセトアミノフェンを含む解熱鎮痛剤タイレノール(Tylenol)の安全性に疑問を投げかけました(The White House 2025)。 日本では、カロナール等の商品名で流通している解熱鎮痛剤にもアセトアミノフェンが使われています。 当院では、脳神経の専門家として、患者様やそのご家族が抱える様々な不安に寄り添うことを大切にしています。最近、「カロナールを妊娠中に服用しても大丈夫?」といったご質問や、アセトアミノフェンの服用がお子様の自閉症スペクトラム(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)のリスクと関連するのではないか、という報道についてご相談をいただくようになりました。


アセトアミノフェンは、医療機関で処方される「カロナール」が有名ですが、アセトアミノフェンを含む市販薬も多く、商品名としては「タイレノールA」などがよく知られています。普段から頭痛やアセトアミノフェンを辛い生理痛の際に服用するなど、お世話になっている方も多いでしょう。


妊娠中でも比較的安全とされ、産婦人科でも処方されるこの薬について、安全性に疑問を投げかけるような情報に触れ、ご不安に思われるのは当然のことです。

この記事では、脳神経外科クリニックの立場から、現在までにわかっている科学的根拠を整理し、最新の大規模研究や国内外の公的機関の見解を交えながら、正確でバランスの取れた情報をお届けします。


第3の選択肢としての「正しい知識」

薬を「飲む」か「飲まない」かの二択だけでなく、「正しく理解し、適切に判断する」ことが重要です。痛みを我慢するストレスや高熱が母体や胎児に与える影響も無視できません。本記事が、皆様の冷静なご判断の一助となれば幸いです。



目次



なぜ懸念が?発端となった研究の概要

この問題が注目されるようになったのは、アメリカのトランプ大統領がアセトアミノフェン(商品名タイレノール)によって自閉症リスクが増えるという主張です。 背景には、複数の観察研究が存在します。これらの研究は、アセトアミノフェンが「原因」であると断定したものではありませんが、関連性の可能性を提起し、さらなる研究の必要性を示唆しました。


  • 関連を示唆する報告 (Ji et al. 2020; Liew et al. 2019):
    新生児のへその緒の血液(臍帯血)や胎便を分析した研究で、アセトアミノフェンの成分濃度が高いほど、将来のADHDやASDのリスクが高いという相関関係が報告されました。これらは、母親の記憶に頼らない客観的なデータとして注目されました。
  • 複数の研究の統合分析 (Prada et al. 2025):
    過去46件の研究をまとめた論文では、全体としてアセトアミノフェン使用と神経発達障害リスクとの間に正の関連が見られる、と結論づけられました。


「背景にある要因」に目を向ける:喫煙・飲酒との比較

アセトアミノフェンと発達障害の関連を考える上で重要なのが、薬の服用以外の要因、すなわち「交絡因子」です。例えば、臍帯血中のアセトアミノフェン濃度が高い母親のグループと、そうでないグループでは、喫煙有無や飲酒有無などに違いがあることが報告されています。



母親の背景と子供の発達障害の関連 (Ji et al., 2020)

要因 ADHDのお子さんを持つ母親 ASDのお子さんを持つ母親 対象群(健常)の母親
アセトアミノフェン高濃度暴露※ 46.7% 50.0% 25.4%
妊娠中の喫煙あり 8.9% 10.9% 4.0%
妊娠中/前の飲酒あり 7.4% 7.6% 4.6%

(出典:JAMA Psychiatry. Ji et al. 2020;77(2):180-189. のTable 1を基に作成)
※臍帯血中のアセトアミノフェン代謝物濃度が上位1/3の群の割合


ADHDのお子さんを持つ母親の46.7%がアセトアミノフェン高濃度暴露であり、8.9%が妊娠中に喫煙し、7.4%が妊娠中または前に飲酒していました。 この表を見ると、ADHDやASDのお子さんを持つ母親のグループは、対象群(健常)に比べて、アセトアミノフェンの高濃度曝露率が著しく高いことがわかります(ADHD群 46.7%、ASD群 50.0% vs 対象群 25.4%)。


同時に、これらのグループは妊娠中の喫煙や飲酒の割合も高い傾向にあります。このように、アセトアミノフェンの高濃度曝露、喫煙、飲酒といった複数の要因が、同じグループで多く見られることが、問題を複雑にしています。単純にアセトアミノフェンだけのせいだと結論づけるのは早計であり、これらの背景の違いを考慮できる、より高度な分析(次のセクションで解説する「兄弟姉妹比較」など)が不可欠となるのです。



大規模研究が示すこと

この「交絡因子」の問題を乗り越えるため、科学の世界ではより精度の高い研究手法が用いられます。2024年の研究では、この問題に正面から取り組んだ重要な報告がなされています。


【注目の研究】250万組の親子を対象とした大規模研究 (Ahlqvist et al. 2024)

スウェーデンの国民データを用いて行われたこの研究は、「兄弟姉妹(シブリング)比較」という非常に信頼性の高い手法を取り入れた点で画期的です。


【分析方法】
同じ母親から生まれ、遺伝的素因や多くの家庭環境を共有する兄弟姉妹を比較。片方の子の妊娠中にはアセトアミノフェンが使われ、もう片方の子の妊娠中には使われなかったケースを分析しました。これにより、薬そのものの影響と、前述の家庭環境などの影響(交絡因子)を統計的に区別しやすくなります。

【結論】
兄弟姉妹間で比較した場合、アセトアミノフェン使用の有無と、自閉症・ADHDの発症率との間に統計的に有意な関連は見られませんでした。


研究結果のポイント:数値で見るリスクの変化

この大規模研究の重要性をより深く理解するために、ADHDのリスクが分析方法によってどう変化したかを見てみましょう。研究では、ADHDのリスクを「ハザード比」という数値で示しています。この数値が1.0より大きいとリスクが高いことを意味します。

  • 集団全体での比較
    アセトアミノフェンを使用した母親の子どもは、使用しなかった母親の子どもに比べ、ADHDのリスクがわずかに高い結果でした(ハザード比 1.07)。
  • 兄弟姉妹での比較
    しかし、遺伝や家庭環境の影響を取り除いて兄弟間で比較すると、この関連性は見られなくなりました(ハザード比 0.98)。これは統計的に「リスクの差はない」と解釈されます。

一方で、比較対象とされた「妊娠中の喫煙」は、兄弟姉妹で比較しても依然としてリスクが高いままでした(ハザード比 1.18)。

この結果は、アセトアミノフェンとADHDの関連が「見かけ上のリスク(相関関係)」であり、その背景にある家庭ごとの要因(交絡因子)が影響している可能性が高いことを強く示唆しています。



世界の公的機関(FDA, NHSなど)の見解

最新の研究結果も踏まえ、各国の規制当局や保健機関は、現時点ではアセトアミノフェンの使用を禁止していません。しかし、その使用にあたっては慎重な姿勢を共通して示しています。

    🇬🇧 英国 国民保健サービス(NHS)

    妊娠中の鎮痛薬の第一選択肢としつつ、「明確な害の証拠はないが、必要最小限の量を最短期間で」と推奨。

    🇺🇸 米国 食品医薬品局(FDA)

    妊娠中のアセトアミノフェンが自閉症やADHDのリスクを増大させる可能性があるとの立場。

リスクの認識は異なるものの、「妊娠中の発熱治療薬として承認されている」という点で一致しています。



当院の考え方と妊婦さんへのお願い

これまでの情報を踏まえ、いわた脳神経外科クリニックとして、妊娠中の患者様に以下のようにお伝えしています。

  • 過度な心配は不要です: 最新の研究では、アセトアミノフェンが直接の原因である可能性は低いことが示唆されています。過去の服用について、過度に思い悩む必要はありません。
  • しかし、安易な使用は推奨しません: 科学的な議論が続いている以上、「100%安全」とも言い切れません。不要な服用は避けるべきです。
  • 「我慢」が最善とは限りません: 38度を超える高熱や、日常生活に支障をきたすほどの強い痛みは、それ自体が母体や胎児にとってストレスとなり、悪影響を及ぼす可能性があります。
  • 基本原則は「まず相談、そして最小限で」: つらい症状がある場合は、自己判断せず、まずかかりつけの産婦人科医にご相談ください。処方された場合は、指示された用法・用量を守り、症状が改善したら漫然と続けないことが大切です。


よくあるご質問 (Q&A)

Q. 市販の風邪薬や痛み止めにもアセトアミノフェンは入っていますか?

A. はい、多くの市販薬に含まれています。アセトアミノフェンを含む市販薬の代表的な商品名としては、「タイレノールA」や「バファリン」、一部の総合感冒薬などが挙げられます。普段、生理痛などで市販薬を服用している方も、妊娠中は成分をよく確認し、自己判断で服用せず、必ず医師や薬剤師にご相談ください。


Q. 妊娠初期に数回飲んでしまいました。大丈夫でしょうか?

A. はい、過度に心配しないでください。多くの研究で議論されているのは、主に長期間・頻回にわたる使用の影響です。短期的な服用でリスクが大きく上昇するというエビデンスはありません。ご不安な点は、健診の際に医師にお伝えください。


Q. アセトアミノフェンの代わりの薬はありますか?

A. 妊娠中に使用できる薬剤は非常に限られています。特にロキソプロフェンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、妊娠後期には胎児への影響から使用できません。薬剤の選択は必ず医師・薬剤師にご相談ください。


 

 

 

 

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この記事を書いた先生のプロフィール

医師・医学博士【脳神経外科専門医・頭痛専門医 ほか】
脳外科医として関西医大で14年間勤務。大学時代は、脳腫瘍や脳卒中の手術治療や研究を精力的に行ってきました。脳卒中予防に重点をおいた内科管理や全身管理を得意としています。
脳の病気は、目が見えにくい、頭が重たい、めまい、物忘れなど些細な症状だと思っていても重篤な病気が潜んでいる可能性があります。
即日MRI診断で手遅れになる前にスムーズな病診連携を行っています。MRIで異常がない頭痛であっても、ただの頭痛ではなく脳の病気であり治療が必要です。メタ認知で治す頭痛治療をモットーに頭痛からの卒業を目指しています。
院長の私自身も頭痛持ちですが、生活環境の整備やCGRP製剤による治療により克服し、毎日頭痛外来で100人以上の頭痛患者さんの診療を行っています。我慢しないでその頭痛一緒に治療しましょう。

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参考文献

  • Ahlqvist, V.H., Sjöqvist, H., Dalman, C., et al. (2024) ‘Acetaminophen Use During Pregnancy and Children’s Risk of Autism, ADHD, and Intellectual Disability’, *JAMA*, 331(14), pp. 1205–1214.
  • Ji, Y., Azuine, R.E., Zhang, Y., et al. (2020) ‘Association of Cord Plasma Biomarkers of In Utero Acetaminophen Exposure With Risk of Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder and Autism Spectrum Disorder in Childhood’, *JAMA Psychiatry*, 77(2), pp. 180–189.
  • Liew, Z., Kioumourtzoglou, M.-A., Roberts, A. L., O’Reilly, É. J., Ascherio, A. & Weisskopf, M. G. (2019). Use of Negative Control Exposure Analysis to Evaluate Confounding: An Example of Acetaminophen Exposure and Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder in Nurses’ Health Study II. American Journal of Epidemiology, 188(4), pp. 768–775.
  • Prada, D., Ritz, B., Bauer, A.Z. and Baccarelli, A.A. (2025) ‘Evaluation of the evidence on acetaminophen use and neurodevelopmental disorders using the Navigation Guide methodology’, *Environmental Health*, 24(56).
  • National Health Service (2022) *Pregnancy, breastfeeding and fertility while taking paracetamol for adults*. Available at: https://www.nhs.uk/medicines/paracetamol-for-adults/pregnancy-breastfeeding-and-fertility-while-taking-paracetamol-for-adults/ (Accessed: 25 September 2025).
  • U.S. Food and Drug Administration (2025) FDA Responds to Evidence of Possible Association Between Autism and Acetaminophen Use During Pregnancy. Available at: https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-responds-evidence-possible-association-between-autism-and-acetaminophen-use-during-pregnancy (Accessed: 25 September 2025).
  • The White House (2025) FACT: Evidence Suggests Link Between Acetaminophen, Autism. Available at: https://www.whitehouse.gov/articles/2025/09/fact-evidence-suggests-link-between-acetaminophen-autism/ (Accessed: 25 September 2025).