帯状疱疹ワクチンは認知症予防につながるのか?最新エビデンスをわかりやすく解説

帯状疱疹ワクチンで認知症リスクが下がるらしい」――そんなニュースを目にした方も多いのではないでしょうか。 最新の自然実験研究や大規模コホートでは、生ワクチン(Zostavax)組換えワクチンシングリックス(Shingrix)の接種と 認知症リスク低下の関連が報告されています(Eyting et al., 2025; Tang et al., 2025; Taquet et al., 2024)。


本記事では、エビデンスの「強み・限界」や効果が現れるまでの「時間差」の考え方を分かりやすく整理します。

30秒でわかる結論
・自然実験デザインでは7年間で新規認知症診断が相対20%低下の推定(Eyting et al., 2025)。
・組換えワクチン(シングリックス)の大規模データでも一貫して低下方向(部分接種でも低下、2回接種でより強い効果:Tang et al., 2025)。
・機序は未確定だが、帯状疱疹(VZV)再活性化の抑制→神経炎症・血管負荷の軽減が有力仮説(Taquet et al., 2024)。
・ただし無作為化試験ではないため、あくまで「可能性」があるとしか言えない。

この記事でわかること

  • 帯状疱疹ワクチンと認知症の関係を、主要研究の結論から理解できる(Eyting et al., 2025; Tang et al., 2025; Taquet et al., 2024)。
  • 「なぜリスクが下がるのか?」を仮説メカニズムとともに把握できる。
  • 帯状疱疹ワクチンによる違いがわかる。

まとめ:帯状疱疹ワクチンは帯状疱疹自体の発症を抑え、結果として認知症診断のリスクを長期的に低下させる可能性が報告されています(Eyting et al., 2025; Tang et al., 2025)。 ただし確定的な因果とまでは言えないため、年齢・基礎疾患に応じて医師に相談しましょう。

目次



1 帯状疱疹ワクチンと認知症(Eyting et al. (2025)の研究結果)

結論
・英国ウェールズの自然実験デザインで、帯状疱疹ワクチン接種により7年間の新規認知症診断が相対20%低下(絶対 −3.5ポイント)と推定。女性で効果がやや大きい傾向。
・本研究で用いられたのは生ワクチン(Zostavax)の導入期。年齢カットオフを用いた回帰不連続法により交絡を最小化。
・後続の大規模コホートでは、組換えワクチン(Shingrix)でも6年追跡で認知症リスク低下と関連が報告。


Eyting et al. (2025)では、英国ウェールズの公的接種プログラムの年齢基準(誕生日による線引き)を活用し、ワクチン接種の有無がほぼランダムに近い状況で比較されました。結果として、接種により新規認知症診断が「相対20%」低下(絶対 −3.5%ポイント、追跡7年)という推定が示され、女性でより大きい効果が示唆されました。ワクチン本来の効果として帯状疱疹発症も有意に低下しています。


表.主要結果のまとめ(Eyting et al. 2025)

評価項目 結果(推定値) 補足
認知症の新規診断(7年) 相対 −20.0%(絶対 −3.5ポイント) 女性の方が効果が大きい傾向
帯状疱疹(HZ)発症 有意に低下 ワクチン本来の効果を再確認
研究デザイン 回帰不連続法(自然実験) 年齢カットオフを利用して交絡を最小化
使用ワクチン 生ワクチン(Zostavax) 追跡時期の関係でShingrixは対象外



2 研究方法 (Eyting et al. (\2025)

方法の要点
・2013年に英国ウェールズで始まった帯状疱疹ワクチン(生ワクチン:Zostavax)公的接種は、生年月日で対象が決まりました。
・誕生日が1933年9月2日より前か後かで、帯状疱疹ワクチンを受ける権利の有無が決定しました。 ・この「年齢カットオフ」の前後で人々はほぼ同質(誕生日が基準の少し前でも後でも、大きな違いがない)とみなせるため、回帰不連続デザイン(RDD)因果に近い推定を行いました。
・接種「資格」への割り当て効果を楽器変数法で「実際の接種」の効果にスケールし、7年間の新規認知症診断が相対20%低下と推定しました。


回帰不連続デザイン(RDD)とは?

介入の可否が、ある閾値(例:生年月日の境界)で機械的に決まる状況を利用し、閾値の直前直後にいる人はランダムに近いとみなして効果を推定する手法です。ウェールズでは1933年9月2日を含む年齢基準が導入され、境界前後の人々で接種機会に不連続が生じました。研究はこの「飛び」を使って新規認知症診断の差を測りました。


表.研究デザイン(Eyting et al. 2025)

項目 内容
対象&データ ウェールズの高齢者電子カルテ等をリンク、導入期以降を追跡
割り当てルール 誕生日による年齢カットオフで接種資格付与(供給制約による段階導入)
主要アウトカム 7年間の新規認知症診断(副次:帯状疱疹発症)
解析 局所線形回帰のRDD、感度分析(帯域幅・関数形・グレース期間)/IV推定でTOT効果に換算
頑健性検証 共変量バランス・偽アウトカム、死亡診断票での再現、操作の有無テスト
主効果(概略) 接種資格:絶対 −1.3pt/相対 −8.5%、
実接種(TOT):絶対 −3.5pt/相対 −20.0%(7年)

交絡はどう抑えた?どこに限界がある?

  • 健康受診者バイアスの軽減:接種の可否を年齢境界で与えたため、「健康意識の高い人ほど接種する」という系統差が縮小。
  • 共変量バランス確認:境界前後で性別・併存症などの分布が滑らかかを検証。
  • 偽アウトカム/外部データで検証:死亡診断票など別ソースでも傾向を再現し、特定の記録体系に依存しないことを確認。
  • 限界:RDDは境界近傍の局所効果に強い(外挿には注意)。無作為化試験ではないため、残余交絡の可能性はゼロではありません。

外的妥当性の補強:組換えワクチン(Shingrix)を用いた自然実験的解析(米国)でも、6年間の認知症リスク低下診断までの期間延長が示されました。オーストラリアの準実験でも類似の方向性が報告されています。
※機序は未解明ですが、VZV再活性化の抑制神経炎症の低減が仮説として議論されています。



3 研究考察(Eyting et al. 2025)

帯状疱疹ワクチン接種と認知症リスク低下の関連は、観察研究としては強固なデザイン(自然実験/RDD)で支持されました。一方で、生物学的機序はまだ確定ではなく、交絡や診断バイアスの残存も理論上は否定できません。本章では、Nature論文の結果をどのように解釈すべきか、仮説メカニズム代替説明の両面から整理します。


3-1 認知症予防になった仮説①:VZV再活性化の抑制 → 神経炎症・血管イベントの低減

帯状疱疹は水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化で生じ、末梢神経だけでなく中枢神経・血管にも影響し得ます。VZVは血管炎/血管障害を引き起こしうることが知られ、脳梗塞や可逆性の認知機能低下を惹起し得るとする報告もあります。ワクチンで再活性化頻度や重症度が下がると、脳血管イベントや神経炎症の累積負荷が減り、長期的な認知症診断の発生を抑制し得る、というのが第一のメカニズム仮説です。

メカニズム要素 仮説される経路 検証可能な予測
VZV再活性化の抑制 帯状疱疹/眼部帯状疱疹の発症・重症度を低減 接種群でHZ/PHN発症率が低いほど認知症リスク低減が大きい(用量反応関係)
脳血管イベント抑制 VZV関連血管障害↓ 脳梗塞などのリスク↓ 接種群で長期の脳梗塞/一過性脳虚血発作の累積発生が低い
神経炎症の軽減 微小グリア活性化・サイトカイン放出の抑制 炎症性バイオマーカー(例:CRP, IL-6)の縦断変化が穏やか


3-2 認知症予防になった仮説②:ワクチンによる免疫調整(“広義の”訓練免疫/免疫恒常性)

二つ目の仮説は、帯状疱疹ワクチンが特異的な抗VZV免疫だけでなく、全身の炎症トーンや脳-免疫軸に影響し、慢性炎症のベースラインを下げるという見方です。加齢に伴う免疫老化は、認知症発症のリスクと関連することが示唆されており、ワクチン接種が炎症のスパイク(感染・再活性化)を減らすことで、神経変性の進行速度を緩和する可能性があります。


観察所見 どう解釈できるか 将来の検証方法
女性で効果が大きい傾向 性差による免疫応答/リスクプロファイルの違い 性ホルモン・自己免疫背景での層別化解析
生/組換えワクチンで方向性が類似 共通するのは「再活性化の抑制」と全身炎症負荷の低減 ワクチン種別×年齢×基礎炎症マーカーの相互作用検証
効果発現に時間ラグ 累積炎症負荷の差が数年単位で顕在化 長期縦断コホートでの因果媒介分析(炎症→血管/神経イベント→認知症)


代替説明と限界、何が分かれば“反証”になるか

  • 診断バイアス:接種者は医療アクセスが良く、早期認知症のラベリングが増える/減る可能性。
  • 残余交絡:学歴・社会経済・生活習慣(喫煙/運動/食事)など未測定因子。
  • 境界近傍の局所効果:RDDは年齢境界の周辺に強く、他年齢層への外挿は慎重に。
  • ワクチン種別の違い:生/組換えで免疫ダイナミクスや持続が異なる可能性。

反証可能な予測(検証課題)

  • 接種群で脳血管イベントが減らない場合、仮説①の寄与は限定的。
  • 炎症・免疫マーカーに長期的な差が生じない場合、仮説②の寄与は限定的。
  • 偽アウトカム(例:白内障手術)でも同程度の低下が見える場合、交絡の可能性。
  • 別地域/別制度で再現性が乏しい場合、制度特異的バイアスの可能性。


まとめ:帯状疱疹(VZV)ワクチンの認知症リスク低下は、VZV再活性化抑制による血管・炎症負荷の低減と、免疫恒常性の改善という二本柱の仮説で説明可能です。今後は媒介解析独立コホートでの再現、ワクチン種別の比較により、因果経路の特定と外的妥当性の強化が期待されます。



4 どの帯状疱疹ワクチンでも効果あるのか

結論から言うと、生ワクチン(Zostavax)を用いた自然実験(Eyting et al. 2025)では認知症リスクの低下が示唆され、さらに組換えワクチン(Shingrix, RZV)を用いた近年の大規模コホートでも同方向の関連が報告されています。本章では、ワクチン種別効果発現のタイムライン帯状疱疹そのものが脳に与える影響を整理します。


4-1 Eyting et al. (2025)で、使われたのは生ワクチン(Zostavax)

Eyting et al. (2025)の自然実験は、英国ウェールズの年齢カットオフを用いた回帰不連続デザインで、生ワクチン(Zostavax)の導入期を分析しました。結果は7年で新規認知症診断の相対約20%低下という推定(女性で効果がやや大)。本研究は因果に近づく設計という強みがある一方、剤型は生ワクチンに限定されます(組換えワクチンは導入時期の関係で対象外)。

項目 生ワクチン(Zostavax, ZVL) 組換えワクチン(Shingrix, RZV)
主要エビデンスの例 ウェールズの自然実験(認知症リスク↓) 米国の大規模コホート(認知症リスク↓)
※Tang 2025 を含む
帯状疱疹(HZ)予防効果 有効だが、RZVより総じて低いとされる 高い有効性(臨床試験・実地データ)
日本での実臨床 一部地域で使用経験あり(現在は縮小) 主流(50歳以上推奨)。接種体制が整備
認知症リスク低下との関連 自然実験・観察研究で一貫して「低下方向」 大規模コホートで部分接種でも低下、2回接種でより低下


4-2 すぐに表れない効果(“時差”の見方)

認知症は長期の累積負荷(血管イベントや慢性炎症など)が効くアウトカムです。帯状疱疹ワクチンの効果がHZの発症・重症度を抑えることで、数年スパンで「認知症診断の発生」を押し下げるなら、効果発現にはタイムラグがあるのが自然です。実際、RZVの大規模データでも追跡の進行とともに保護効果が明確になっていく設計・結果が示されています(時間更新共変量を用いたCox解析)。

ポイント:「接種したら直ちに認知症が減る」ではありません。HZ再活性化の抑制→血管・炎症負荷の低減→長期アウトカムの差という順番で現れます。



4-3 帯状疱疹自体の脳への影響(Tang et al., 2025)

RZV(Shingrix)と認知症の関連を解析した米国4,502,678人規模のコホート(2018–2022, 保険請求DB)では、2回接種で認知症ハザード比0.68(95%CI 0.67–0.70)、1回接種でも0.89(0.87–0.92)と有意な低下が示されました(時間変動Cox、性別・人種・地域・併存症などで調整)。一方、帯状疱疹の診断歴はリスク上昇(HR 1.47; 1.42–1.52)と関連し、抗ウイルス薬使用は保護的(HZ関連でHR 0.42; 0.40–0.44)でした。


これらは、「HZ→神経炎症・血管障害→認知症リスク」という経路仮説と整合し、ワクチンや抗ウイルス治療が長期アウトカムを改善しうることを示唆します。

表.Tang 2025(Vaccine)の主要結果の抜粋

評価項目 推定値(調整後HR) 備考
RZV 1回接種(≥30日) 0.89(0.87–0.92) 部分接種でも低下方向(時間更新Cox)
RZV 2回接種(≥30日) 0.68(0.67–0.70) 2回でより強い保護効果
HZ診断(初回接種前~直後) 1.47(1.42–1.52) HZ既往は認知症リスク↑
抗ウイルス薬(HZ関連) 0.42(0.40–0.44) 治療介入の保護的関連

現行の日本の臨床では組換えワクチン(RZV)が主流であり、2回完了を推奨。既往歴・併存症・投薬状況に応じて、HZ発症時の迅速な抗ウイルス治療も併せて重視します。





5 よくある質問(FAQ)

Q1. 本当に「認知症を予防」できますか?因果関係は確立していますか?

A. Eyting et al. (2025)の研究は自然実験(回帰不連続デザイン)で、観察研究の中では因果に近い推定です。同方向の結果が他コホートでも示されています。ただし無作為化比較試験(RCT)ではないため、因果を100%断言する段階ではありません


Q2. 何歳から接種できますか?

A. 一般には50歳以上が推奨対象です。免疫抑制状態・基礎疾患の有無、帯状疱疹既往などにより判断が変わるため、外来でご相談ください。


Q3. 接種回数と間隔は?

A. RZV(Shingrix)は原則2回。通常は2〜6か月間隔で完了します(医師が医学的必要性を判断した場合、短縮スケジュールを検討することもあります)。



お問い合わせ・ご予約


帯状疱疹ワクチン(シングリックス)なら、いわた脳神経外科クリニックへどうぞ。ご予約は、下記から可能です。

 



当院では、皆様の悩みにしっかり寄り添います。また当院公式LINEにてご質問等をお受けしておりますので、お気軽にお問い合わせくださいませ。

 

 

友だち追加

この記事を書いた先生のプロフィール

医師・医学博士【脳神経外科専門医・頭痛専門医 ほか】
脳外科医として関西医大で14年間勤務。大学時代は、脳腫瘍や脳卒中の手術治療や研究を精力的に行ってきました。脳卒中予防に重点をおいた内科管理や全身管理を得意としています。
脳の病気は、目が見えにくい、頭が重たい、めまい、物忘れなど些細な症状だと思っていても重篤な病気が潜んでいる可能性があります。
即日MRI診断で手遅れになる前にスムーズな病診連携を行っています。MRIで異常がない頭痛であっても、ただの頭痛ではなく脳の病気であり治療が必要です。メタ認知で治す頭痛治療をモットーに頭痛からの卒業を目指しています。
院長の私自身も頭痛持ちですが、生活環境の整備やCGRP製剤による治療により克服し、毎日頭痛外来で100人以上の頭痛患者さんの診療を行っています。我慢しないでその頭痛一緒に治療しましょう。

詳しい医師のご紹介はこちら
院長写真

関連記事はこちら



参考文献(ハーバード基準)

  1. Eyting, M., Xie, M., Michalik, F., Heß, S., Chung, S. and Geldsetzer, P. (2025) ‘A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia’, Nature, 641, pp. 438–446. doi:10.1038/s41586-025-08800-x.
  2. Tang, E., Ray, I., Arnold, B.F. and Acharya, N.R. (2025) ‘Recombinant zoster vaccine and the risk of dementia’, Vaccine, 46, 126673. doi:10.1016/j.vaccine.2024.126673.
  3. Taquet, M., Dercon, Q., Todd, J.A. and Harrison, P.J. (2024) ‘The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia’, Nature Medicine, 30, pp. 2777–2781. doi:10.1038/s41591-024-03201-5.